体育祭の翌日。授業中にうとうとしていた生徒に、手を止めて。
「選ぶ」のは、自分
「眠いのはわかる。でも、〈そんな気分になること〉と、〈どんな行動を選ぶか〉は、分けて考えよう。その結果は、親でも友達でもなく、ぜんぶ自分に返ってくるんだからね。」
人は誰でも、自分に甘く、弱いものです。私も含めて。だからこそ、その弱さを誰かのせいにしない人になってほしい。塾に来て勉強できるという選択肢があること自体、ありがたいことです。だから、「自分で勉強するんだ」と、しっかり選んでほしいと願っています。
トップ/学び方
02HOW WE LEARN
なぜ勉強するのか。公式は、どこから来たのか。sin・cosは、どんなところで役立つのか。証明問題は、普段の会話のどこに使えるのか。CubiKの授業は、そんな本質的な問いから始まります。答えを覚えることより、自分で納得できるまで理解すること。学校のテストの点数よりも、その「納得度」を大切にしています。

01UNDERSTANDING
— AI研究者 アンドレイ・カーパシー氏の言葉より
中学3年生で習う「解の公式」。先日、生徒たちが「公式は学校で習ったけれど、なぜそうなるのかは習っていない」と話していました。そこでCubiKでは、式を一行ずつ丁寧に変形しながら、公式を導いてみました。
最後の式が現れる直前、生徒たちから「あ〜、なるほど!」という声がもれました。いま「ひとりで導いてごらん」と言われたら、できない子もいるでしょう。でも、それでいいんです。大事なのは、「確かにそうなるね」と納得した、その実感のほうだと思います。
理解しないまま下した判断は、「決断」とは呼べません。そして、理解の上に積み上げた点数は、丸暗記の点数よりもずっと崩れにくい。テストを軽んじるのではなく、その土台を確かにする——それがCubiKの考え方です。
DERIVATION解の公式を、自分で導く
02SIX SIDES OF ONE QUESTION
CubiKという名前は、Cubic(立方体)とKnowledge(知識)から生まれました。1つの知識を、いくつもの面から照らす。見方が増えるほど、「わかった」は「説明できる」に変わっていきます。
QUESTION1 + 2 + 3 + … + 100 = ?
SIDE 01 / 06
1+2=3、3+3=6、6+4=10……。地道に足しても、いつかは答えにたどり着きます。でも、100まで足すのは大変です。「もっといい方法はない?」——その問いが、次の面への入口になります。
1 + 2 + 3 + 4 + 5 + … + 98 + 99 + 100
SIDE 02 / 06
1と100、2と99、3と98……。端から組にすると、どの組も合計は101。それが50組あるから、101×50=5050。数学者ガウスが子どもの頃に見つけたと言われる方法です。
1 + 100 = 101
2 + 99 = 101
……(50組)
101 × 50 = 5050
SIDE 03 / 06
1個、2個、3個……と並べた階段を、もう1つ逆さにして組み合わせると、ぴったり長方形になります。100までなら、たて100×よこ101の長方形。求める数は、その半分です。
5 × 6 ÷ 2 = 15
(1〜5の場合)
SIDE 04 / 06
100を n に置きかえると、1からnまでの和の公式になります。組の考え方からも、図の考え方からも、同じ式にたどり着く。自分で導いた公式だから、忘れても作り直せます。
1 + 2 + … + n = n(n + 1) ÷ 2
SIDE 05 / 06
では、奇数だけを足すと? 1、1+3、1+3+5……と計算すると、1、4、9、16。なぜか平方数が並びます。1つの理解が、次の問いを連れてくる。これが、学ぶことの面白さです。
1 = 1²
1 + 3 = 2²
1 + 3 + 5 = 3²
1 + 3 + 5 + 7 = 4²
SIDE 06 / 06
コンピュータやAIに計算させれば、答えは一瞬で出ます。大切なのは、出てきた5050が正しいと、自分で説明できること。理解している人だけが、AIの答えを確かめられます。
print(sum(range(1, 101))) # 5050 ― 組にしても、図にしても、同じ答え
03DIALOGUE
生徒を力で押さえつける時代は、もう終わりました。未熟なのは当たり前。だからこそ、対話し、意見を交わしながら、大人として背中を見せていく。教室では、たとえばこんな言葉が交わされています。
体育祭の翌日。授業中にうとうとしていた生徒に、手を止めて。
「眠いのはわかる。でも、〈そんな気分になること〉と、〈どんな行動を選ぶか〉は、分けて考えよう。その結果は、親でも友達でもなく、ぜんぶ自分に返ってくるんだからね。」
人は誰でも、自分に甘く、弱いものです。私も含めて。だからこそ、その弱さを誰かのせいにしない人になってほしい。塾に来て勉強できるという選択肢があること自体、ありがたいことです。だから、「自分で勉強するんだ」と、しっかり選んでほしいと願っています。
10点に届かなかった数学が、30点まで伸びた生徒に「30点取れたら、いいですか?」と聞かれて。
「30点でも、60点でもいい。それを自分で決めて、自分で努力して取れたかどうか。それがいちばん大事なんだよ。」
100点を取ることが素晴らしいのではありません。自分で努力して、ここまで来られたことが素晴らしいのです。社会に出たら、誰も点数をつけてくれません。自分で目標を立て、自分で自分を評価できる人は、ぶれません。
微分を習い始めた生徒から、「これ、何に使うんですか?」と聞かれて。
「車のスピードメーターを思い出してみて。あれは、位置が変わっていく〈勢い〉を、その瞬間ごとに表しているんだ。それを計算するのが微分。じつは、AIが学習する仕組みの中心にも、微分があるんだよ。」
記号の意味がわからないまま計算の手順だけを覚えても、すぐに忘れてしまいます。実際に使われている場面から入ると、記号の意味が、すっと腹に落ちていきます。
「保育士になりたい」と打ち明けてくれた高校生に。
「いいね。じゃあ保育士になるには、どんな勉強が必要かな。どんな仕事なのか、一緒に調べてみよう。」
調べるうちに夢が変わることもあるでしょうし、実態を知ってあきらめることだってあるでしょう。それでもいいのです。その夢のおかげでやる気が出たり、頑張れたりすること。それが、とても尊いことだと思うのです。
「数学なんて、大人になったら使わないのに」と言う生徒に。
「部活の野球だって、社会に出てから使うことはほとんどない。それでも、体と心を鍛えるために続けるよね。勉強も同じ。頭を鍛えて、問題を解決する力を鍛えるためにやるんだ。」
受験は、スポーツでいえば大会のようなもの。目標があるから頑張れる、それでいいと思います。合格することはもちろん大切です。でも、一人ひとりにとっていちばん大事なのは、その過程の中で、人として大きく成長することです。
答えを教えるより、問いを返す。
指示を出すより、考える余白を渡す。